賞金王決定戦は、出場メンバーも決まって開幕を待つばかり。
昨日発売された「ボートボーイ」の1月号には、過去の決定戦から3レースを収録したDVDが付いたり、レジャーチャンネルでは特別番組「12人の頼れる男たち」が放送されるなど、いやがうえにも大一番に向けた緊張は高まります。
ただ、この時期になるといつも感じることが1つ。
記憶に残る賞金王決定戦といえば、“植木と中道のデッドヒート”の第10回大会が必ず挙げられるけれども、それ以上に、翌年の戸田で行われた第11回大会のほうが印象的だったということ。
確かに、“植木vs中道”はゴールまで一瞬も目を離せない戦いだったと思います。
だけど、戸田の一戦だって決して負けていないはず。優勝戦をとってみても、あの狭い戸田の競走水面で植木が放った光速のつけまいは衝撃的だったし、何よりもトライアルを含めた4日間のストーリーは、どんな傑作小説も及ばないほどの高い完成度だったと思うから。
その序章は、トライアル初日の第12レース。
“植木vs中道、上瀧和則”の変則タッグマッチとなった一戦でした。
僕がどんなに頑張って説明したところで言葉が足らないので、当時の「マクール」の戦評を引用します。
「12Rは圧巻、激レース。植木が暴れまくった。まくってきた中道に飛びつき、2周2マークでは上瀧に内から突進、上瀧のボートは垂直になって腹を見せた。よく誰も転覆せずに済んだものだ」(1997年2月号156ページ、本文より)
「中道が04の絶好のスタートでまくるが先まくりの植木がこれに抵抗。(中略)後続は植木が突進を繰り返すなど大乱戦、結局恵まれて今村が2着入線。」(同、トライアル第1日の戦評より)
植木にぶっ飛ばされて6着に終わった中道は、2日目と3日目をビシッと1着で決めて優勝戦へ駒を進めます。
トライアル3日目の戦評。
「中道は勝利者インタビューで『植木には優勝させない』ときっぱり。この一言が優勝戦当日の各新聞の見出しに躍った」(同、本文より)
水の上でも陸の上でもこれほどに激しい戦いがあったというのに、その後、なぜか詳しく語られることのない4日間。優勝戦のVTRが放送されるくらいで、初日のトライアルなんてその後、見た記憶がありません。
……ひょっとして、この年の賞金王は競艇界ではタブーになっていたりして。
今となっては日本モーターボート競走会で理事の職に就き、競艇学校で生徒を指導する植木氏。晴れ舞台での“ご乱行”を掘り起こすことは、例えていうなら、清純派で売る女優のヤンキー時代を暴露するようなもの?(^^;
でも、あれほど画面に目がくぎ付けになったレースって、ほかになかったなあ。
ライブで見られただけでも幸せと思わなくちゃいけないのかも。
みなさんはどっちの「植木vs中道」が印象に残っていますか?
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2008年12月12日 at 11時23分57秒
中道さんが自分の本でこの事を書いていましたし
タブーって事はないかと思います。
その優勝戦(賞金王決定戦)では何回も放ってしまい駄目だったと言う話も書いてありました。
2008年12月15日 at 1時06分14秒
レース直後、中道氏が植木氏に「おめでとう」と声をかけたと
翌日の記事で読んだことを覚えています。
強豪選手は気持ちの切り替えも早いのだなあと感じました。