今の時代、なぜ公営ギャンブルは趣味としてメジャーではないのか?
その答えを探してみました。
まず考えたのは、公営ギャンブルは「ハマればおもしろい」といわれるけど、これって裏を返せば、「おもしろいと感じるためには、ハマる必要がある」ということ。
ハマるためには、一定の高さのハードルを越えなければならなくて、そのハードルが高すぎると思うんです。
どういうことかといえば、たとえば競艇を本当に楽しもうと思えば1500人の選手を、競輪なら3500人の選手を覚え、さらに各選手の戦法も知らなければならないでしょう。そのほかにルールやコースの特徴も理解する必要があります。
つまり、ハマるのに時間がかかりすぎる。でも、今どき趣味にそんなに時間を投資できるわけではない。
公営ギャンブルがむかし流行って、今は廃れている原因はここにあるのではないかと。
逆に、いま世間で流行っているものは、この点をうまくクリアしています。
ちょっとやれば、すぐに楽しさが理解できるものばかり。それでいて、その楽しさは浅薄なものではなくて、やればやるほど大きくなる。だから、人がなかなか離れていかない。
とっつきやすいから、たくさんの人がわっと飛びついて、さらにそのコミュニティに加わろうと「俺も、私も」とさらに参加する人が出てくるという好循環。
例を挙げれば、インターネット上ならブログやSNSとか。あとは、任天堂の「Wii」なんかも同じような。
じゃあ、競艇も競輪もルールを単純化して、選手数も4分の1くらいに減らして、とっつきやすくしたらどうか? ということになるのですけど、それじゃあダメ。
なぜなら、とっつきやすいけど楽しさも薄っぺらなものは、すぐに飽きられてしまうから。競艇でいえば、進入固定戦がいい例。
こう考えると、5年や10年もの長い間、公営ギャンブルのファンであり続けている人たちって、愚直といっていいほどに、レースを見続け、舟券や車券を買ってきた人たちですよね。
その“修行期間”を抜けたところに、公営ギャンブルの醍醐味を味わえるパラダイスがあって、そこで幸福な時間を過ごしている人たち。
このパラダイスにどれだけ多くのファンを引き上げられるか──公営ギャンブル存続のカギはここにある気がします。
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